小規模宅地等の特例適用など相続税税務調査のケーススタディ
相続税について税務調査が入ることが多くあります。それは納税者の理解不足によって、申告漏れを指摘できる場合が多いからです。
そこで、読者のみなさんにお聞きします。相続税の税務調査において、次のケースは是認されるでしょうか。
相続手続きにおける保証債務と債務控除
相続人は、死亡した父親(A)が経営していた甲社を主債務者とする銀行借入金に係る連帯保証債務を承継した。したがって、その連帯保証債務額を債務控除の対象とした。
詳細状況
- (イ)甲社は5年以上前から債務超過の状態にあり、相続開始時には、Aを連帯保証人とする多額の銀行借入金があった。
- (ロ)銀行借入金の返済が5年前から滞り出したことから、銀行との間で再建計画を立て、それにしたがい同社の所有資産を売却する等しながら、追加融資を受けて相続開始時も事業を継続していた。
- (ハ)Aは、銀行借入金返済に係る協議を重ねる状況の中で急死した。
結論
Bの申告は、否認される。
甲社は弁済不能の状態にはないと判断されるからです。
解説
- 相続税法は、相続又は遺贈により取得した財産の価額から、被相続人の債務で相続開始の際に現に存在するものを控除して相続税の課税価格を計算することとしています(相続税法第13条)。
- 債務控除の対象となる債務は、確実と認められるものに限られます(相続税法第14条)。
- 債務が確実であるかどうかは、必ずしも書面の証拠があることを要せず、また、債務の金額が確定していなくとも当該債務の存在が確実と認められるものについては、相続開始時の現況によって確実と認められる範囲の金額だけを控除することができます(相続税法基本通達14-1)。
確実と認められる範囲については、その履行の確実性が問題となるわけですが、保証債務及び連帯債務については、次のように取り扱われます。
(1)保証債務については、控除しないこと。ただし、主たる債務者が弁済不能の状態にあるため、保証債務者がその債務を履行しなければならない場合で、かつ、主たる債務者に求償して返還を受ける見込みがない場合には、主たる債務者が弁済不能の部分の金額は、当該保証債務者の債務として控除すること。
(2)連帯債務については、連帯債務者のうちで債務控除を受けようとする者の負担すべき金額が明らかとなっている場合には、当該負担金額を控除し、連帯債務者のうちに弁済不能の状態にある者があり、かつ、求償して弁済を受ける見込みがなく、当該弁済不能者の負担部分をも負担しなければならないと認められる場合には、その負担しなければならないと認められる部分の金額も当該債務控除を受けようとする者の負担部分として控除すること。
否認されないためには相続開始時において、主たる債務者である甲社がその債務を弁済することができない状態にあったか否かが、本ケースのポイントでした。
(ロ)が次のような状況であったら、是認されたと思われます。
銀行借入金の返済が5年前から滞り、相続開始時、同社の事業は事実上休止の状態にあった。他の銀行から融資を受けられる見込みもなく、再起の目途が立たない状況であった。
相続税の課税価格から控除できる葬式費用の範囲
被相続人の相続人は、葬式等に掛かった以下の費用をすべて債務控除とした。
≪内訳≫
(イ) 通夜 | 50万円 |
(ロ)葬儀 | 100万円 |
(ハ)納骨 | 5万円 |
(ニ)お布施 | 20万円 |
(ホ)戒名 | 40万円 |
(ヘ)初七日 | 20万円 |
(ト) 四十九日 | 30万円 |
(チ)香典返礼費用 | 30万円 |
(リ)墓地購入代金 | 300万円 |
結論Bの申告は、(ヘ)~(リ)について否認される。
解説
被相続人に係る葬式費用は、相続税の課税価格から控除できます。(相続税法第13条第1項第2号)
葬式費用は被相続人に係る本来の債務ではありませんが、相続開始に伴う必然的出費であり、社会通念上も相続財産から負担になることが考慮されたため、債務控除の対象となっています。
葬式費用として控除する金額は、次の範囲内のものです。(相続税法基本通達13-4)
- 葬式若しくは葬送に際し、又はこれらの前において、埋葬、火葬、納骨又は遺がい若しくは遺骨の回送その他に要した費用(仮葬式と本葬式とを行うものにあっては、その両者の費用)
- 葬式に際し、施与した金品で、被相続人の職業、財産その他の事情に照らして相当程度と認められるものに要した費用
- 上記2項目に掲げるもののほか、葬式の前後に生じた出費で通常葬式に伴うものと認められるもの
- 死体の捜索又は死体若しくは遺骨の運搬に要した費用
否認されないためには
控除することができる葬式費用の範囲を理解することが、本ケースのポイントでした。
逆に、一般的に葬式費用として混同されやすいものを次のように掲げ、葬式費用として取り扱わない旨を定めています。(相続税法基本通達13-5)
- 香典返戻費用
- 墓碑及び墓地の買入費並びに墓地の借入料
- 法会に要する費用
- 医学上又は裁判上の特別の処置に要した費用
「法会」とは、法事のことを指します。初七日以降の法事は、死者を葬る儀式とは異なり、追善供養のために営まれるものであることから、葬式費用には含められていません。
また、「医学上又は裁判上の特別の処置に要した費用」は、例えば、死体の解剖に要した費用が考えられます。
公正証書による贈与
Aは、平成27年中に孫に対して現金の贈与を行っていたが、平成29年に死亡した。
詳細状況
- (イ)贈与年月日 平成27年2月20日(公正証書作成日)
- (ロ)贈与税の申告せず。
- (ハ)贈与財産 200万円
- (ニ)孫名義で年定期として運用。Aが継続手続きを実施。
- (ホ)預金証書及び使用印鑑はAが管理。
- (へ)孫は当時高校生。
結論平成27年分の贈与であるという主張は否認され、Aの相続財産として相続税の課税対象になります。
贈与の事実が認められないからです。
解説
- 受贈者が未成年者であっても、贈与契約が有効に成立している場合は、税務上も当然に贈与が認められます。ただ、実際に贈与があったのか、単なる名義借りなのか、という事実認定の問題が発生します。
- 贈与契約が有効に成立している場合とは、贈与意思等の行為を確認できる書類等が存在し、その書類等の内容に沿った事実が生じていることを指します。
- 書面(本ケースの場合、公正証書)が存在していたとしても、その受贈財産の管理・運用や収益の帰属等を総合勘案し、その契約内容に基づいて事実を検討した結果、その贈与契約が仮装行為あるいは贈与の予約等と認められれば、その贈与契約は効力を持たないことになります。
贈与契約の効力が認められるためには、一般的には次の事実等に基づいて判定されます。
- 贈与意思等の確認ができる書類等があること。
- 贈与財産の名義変更(登記及び登録等)が受贈者に行われていること。
- 贈与財産の使用収益処分を受贈者が行っていること。
- 贈与財産の管理等の費用の負担を受贈者が行っていること。
- 書類等に記載されている事項等と異なる事実がないこと。
- 受贈者が未成年者の場合には、親権者等がその事実を知っていること。
しかし、上記の事実がすべて存在していれば、すべて認めれるというものではありません。
その贈与行為等の全体を総合勘案して判定されます。
否認されないためには贈与事実が認められるか否かが、本ケースのポイントでした。
(ロ)、(ニ)及び(ホ)が次のような状況であったら、是認されたと思われます。
- (ロ)贈与税の申告 平成27年分として贈与税の申告を実施。また、贈与税の申告は贈与を受けた現金で行った。
- (ニ)運用 孫名義で1年定期として運用。その親が継続手続きを実施。
- (ホ)管理・保管 預金証書及び使用印鑑は孫の親が管理。
保険料負担者の判定
Bが受け取った生命保険金の契約内容は、次のとおりであった。
≪内訳≫
(イ)保険契約者 | B |
(ロ)被保険者 | 父親A |
(ハ)保険金受取人 | B |
(1)保険料の払込資金 | Aからの贈与による。 |
(2)保険料の払込 | 毎年の保険料払込額に相当する贈与契約書はない。 |
保険料は、Aが毎月直接払い込んでいる。 | |
贈与金額が贈与税の基礎控除額以下だったため、贈与税の申告書を提出していない。 | |
父親Aは、所得税の確定申告書においてその保険料を生命保険料控除の対象にしていた。 |
結論
受け取った満期生命保険金の保険料負担者が父親であると判断されたため、Aが受け取った生命保険金はBからの贈与によって取得したものとみなされます。
したがって、一時所得としての申告が否認され、Bは贈与税の申告を行うことになります。
(注)贈与により取得した生命保険金の額
= | 満期生命保険金の受取金額 | × | 受取人以外の者が負担した保険料の金額の合計額 |
満期時点までに払い込みされた保険料の総額 |
解説満期保険金等を受け取った場合における税務上の課税関係については、保険料負担者、被保険者及び保険金受取人が、保険契約上でどのような内容になっていたか、また、その保険金の受取原因が満期によるものか、中途解約による返還金(返戻金)なのか、被保険者の死亡によるものか、によって異なります。
生命保険契約等に係る満期保険金等を受け取った場合の税務上の課税関係は、保険料負担者が誰かによって次のようになります。
- 保険契約に係る保険料の負担(支払)者が保険金の受取人であった場合は、その保険金の受取人の一時所得となります。(所得税施行令第183条第2項、所得税基本通達34-1(4)
- 保険契約に係る保険料の負担(支払)者が保険金の受取人以外であった場合は、その保険金負担者からの贈与により取得したものとみなされます。(相続税法第5条第1項)
否認されないためには満期により受け取った生命保険金の保険料を誰が負担(支払)したかが、本ケースのポイントでした。
②が次のような状況であったら、是認されたと思われます。保険料の払込
- 毎年、保険料相当額の現金を贈与する贈与契約書を作成。
- Aは、贈与契約に基づいて贈与金額をB名義の銀行口座に振り込み。
- Bは、贈与税の申告書を提出。
- Aは、所得税の確定申告書においてその保険料を生命保険料控除の対象にしていなかった。
親族が居住の用に供していた場合の小規模宅地等の特定適用
被相続人Aは、所有する宅地上に建物を建てて一人で居住していた。数年前にAは介護の必要があることから老人ホームに入居した。その後、その空き家にAの長男の家族が居住するようになり、相続開始の時においてもその状態は続いている。
Aが所有していた敷地は、Bが取得した。Bは、その宅地が特定居住宅地等に該当するものとして申告を行った。
詳細状況
- (イ)AとBは生計が別であった。
- (ロ)Aは相続開始の時において、介護保険法に規定する処置の要介護認定を受けていた。
- (ハ)Aは所定の老人ホームに入居していた。
- (ニ)B家族はAが老人ホームに入居した後に本件建物に居住した。
- (ホ)Bはいわゆる「家なき子」に該当する。
結論
B家族はAが老人ホームへ入居した後に、Aが居住していた建物に新たに居住した親族であることから、「被相続人が老人ホームに入居後に新たにその建物を他の者の居住の用に供した場合」に当たり、小規模宅地等の特例の対象になりません。
したがって、Aの申告は否認されます。
解説
被相続人の自宅が老人ホームへの入所(入居を含みます。)により空き家になり、その空き家の敷地が相続の開始の直前において居住の用に供されていない場合、
- 居住の用に供されていない事由が介護の必要から老人ホームへ入居していたためであること
- その空き家を貸付や他の者の居住の用に供した事実がないことを条件にその敷地について小規模宅地等の特例を受けることができます。
小規模宅地等の特例については、こちらに詳しく記載しています。
ぜひ、ご参考にしてください。
次のような場合には、「その空き家を貸付や他の者の居住の用に供した事実がない」とは言えません。
- 事業(貸付を含みます。また、事業主体は問いません。)の用に供する
- 被相続人と入居又は入所の直前において生計を一にしていた親族や、被相続人が居住していた建物に入居又は入所以前から継続して居住の用に供していた親族、以外の者の居住の用供する
否認されないためには老人ホームへ入居後新たにその建物を他の者の用に供していた場合該当するか否かが、本ケースのポイントでした。
(ニ)が次のような状況であったら、是認されたと思われます。
- (ニ)B家族はAが老人ホームに入居する以前から本件建物に居住していた。